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大阪高等裁判所 平成2年(ネ)936号 判決 1992年2月27日

控訴人

前中昇一

右訴訟代理人弁護士

三木俊博

被控訴人

惠・エイ・フーズ有限会社

(旧商号 有限会社永本建設)

右代表者取締役

森田惠子

右訴訟代理人弁護士

林義久

主文

原判決を取り消す。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

(本案前の申立)

本件控訴の申立を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

(本案の申立)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  被控訴人

(本案前の主張)

1 原判決正本は昭和五七年五月一四日に控訴人に送達されているところ、控訴人は平成二年四月二七日に本件控訴を申立てたから、すでに控訴期間を徒過している。

また、控訴人主張のとおり、控訴人が送達を受けたのではなくその妻である亡前中敏子(昭和六三年九月四日死亡)が送達書類を受け取ったとしても、送達すべき場所において送達を受けるべき控訴人に出会わなかったため同居者で事理を弁識するに足りる知識を備えた右亡敏子に送達書類を交付したのであるから民訴法一七一条一項により右送達は有効である。

よって、本件控訴の申立は却下されるべきである。

2 本件控訴の提起の日は原判決確定後約八年も経過しているのであるから、これに対して、控訴期間徒過の主張をするのは当然の権利主張であり、権利濫用に該当することにはならない。

しかも、原判決の送達書類が控訴人の妻によって受け取られたのか、控訴人自らによって受け取られたのかは、控訴人の内部問題であって、被控訴人の右主張の権利を妨げる事情にはなり得ない。

控訴人はその妻亡敏子が単独で又は永本と相謀って控訴人の知らない間に判決を得ようとした旨主張するが、そうだとすれば訴状送達の段階から亡敏子は署名、捺印して受領したうえ、その受領の事実を控訴人に秘匿した筈であるのに、執行官による本件訴状副本及び期日呼出状の送達に際して亡敏子が「送達報告書の書類受領者の署名又は押印」欄に署名、押印を拒んだ旨の記載があることからみると、亡敏子は裁判所からの送達に関する文書にやたらと署名、押印して夫たる控訴人から叱責されたくなかったからと推測されるのであり、このことは亡敏子においては送達書類を控訴人に手渡すことを前提としたものと言わなければならない。

さらに、被控訴人は、原審継続中には存在していた売買契約書及び領収書の所在が判明しないため、立証に苦しんでいるのであり、控訴の申立が余りにも遅いことの不当な不利益を被控訴人が受けることになる。

3 控訴人は、被控訴人や永本哲士の行為を非難し、控訴期間は経過しておらず、控訴期間経過の主張を権利濫用であると主張するが、これは判決の既判力を軽視する考えである。控訴人として原判決に重大な瑕疵があると言うなら、再審の申立をなすべきである。

(本案の主張)

被控訴人は昭和五六年七月二〇日控訴人から別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を代金二〇〇万円の約で買い受け、右代金の支払いを了した。

仮に、右主張が認められないとしても、表見代理に該当する。

被控訴人は右同日控訴人の代理人と称する亡敏子から本件土地を代金二〇〇万円の約で買い受け、右代金の支払いを了した。

控訴人は亡敏子が控訴人の印鑑を利用して、控訴人を主債務者又は保証人として金銭の借入を行っていることを知っており、亡敏子が無断借り入れした金員について、後日借入金の支払いを行っていたので、控訴人は亡敏子に対して基本代理権を与えていたことに帰する。被控訴人は本件土地の売買についても亡敏子が代理権を有するものと信じ、そう信じるについて過失がなかった。

よって、被控訴人は控訴人に対し右土地につき同日付売買を原因とする所有権移転登記手続及びその明け渡しを求める。

二  控訴人

(本案前の主張)

1 原審記録中には、被控訴人主張どおりの送達がなされた旨の送達報告書があるが、実際には控訴人はこれを受領したことはない。

これは、控訴人の妻亡敏子(昭和六三年九月四日死亡)あるいは同女と被控訴人の当時の代表者永本哲士が相謀って受領し、かつ控訴人にこれを秘匿したためと推測される。

右亡敏子は控訴人名義で控訴人に無断で、昭和五六年七月二〇日より前に右永本哲士経営の貸金業者有限会社東京商事(以下東京商事という。)から自ら金員を借り入れたり、知人の借り受けに保証をしたりしたことがあったので、本件土地の売買もその一環として控訴人に無断で右亡敏子が売買契約をし、これに続く本件原審の訴訟の送達関係の受領も右亡敏子が控訴人に秘匿していたものである。

それゆえ、原判決の送達が著しく不適法なものであるので、原判決は未だ確定していないものと言わざるを得ない。

2 仮に、右送達が適法なものであっても、控訴人はその責めに帰すべからざる事由によって控訴期間を徒過したのであり、しかもその事由の止んだ平成二年四月二七日に本件控訴を提起したのであるから、民訴法一五九条によって控訴期間徒過が追完されたものである。

右控訴人の責めに帰すべからざる事由は次の事情である。

前記のとおり、控訴人の妻亡敏子が原判決正本の送達による交付を受け、これを控訴人に厳に秘匿していたため、控訴人はその事実を知り得なかった。

昭和六一年一〇月、有限会社パナマ船舶(以下パナマ船舶という。)が本件土地の賃借人らに明渡しを求めたことを契機に、控訴人は本件控訴代理人に委任して、調査したところ、本件土地は、昭和五七年七月七日受付にて同五六年七月二〇日付売買を原因として控訴人から被控訴人へ、さらに同五七年八月一九日受付にて同年七月一五日付売買を原因として被控訴人から有限会社東京船舶(以下東京船舶という。商号変更により後に「有限会社パナマ船舶」と称した。)へそれぞれ所有権移転登記がなされていることが判明した。しかし、登記簿上の記載に原判決の記載がなかったので、この際には原判決の存在は判明しなかった。

控訴人は被控訴人外右登記名義人に対して右登記の抹消登記手続を求める訴えを提起し、第一審で勝訴し、控訴されて審理中であるが、被控訴人は平成元年二月一六日付の準備書面により初めて原判決の存在を明らかにした。

その後訴訟上の和解手続が進められたが、平成二年四月二七日和解による解決が不可能であることが決定的となった。

右和解による解決が不可能であることが判明した日に、前記控訴人の責めに帰すべからざる事由が止んだものと言うべきである。

3 仮に、本件控訴が控訴期間を徒過しているとしても、信義則上、被控訴人はそれを抗弁として主張し得ないものと言うべきであり、これを主張することは権利の濫用として許されない。

永本哲士は、被控訴人、パナマ船舶、東京商事等の実質上の経営者であるところ、同人は控訴人が本件土地を売却したことがないことを熟知し、控訴人の妻亡敏子に控訴人の印鑑を持参させ、同女の無知に乗じて売買に関する書類を作成させたうえ、本件原審の訴訟を提起したのである。そして、控訴人の妻亡敏子が控訴人に東京商事からの借金等の露見を恐れて訴状副本その他の関係書類の送達を秘匿するであろうこと、またはそうしていることを知っていた疑いが濃厚である。永本哲士はその訴状副本等の送達が秘匿されたのを奇貨として、欠席判決により原判決を取得した。しかも、被控訴人は数十万円の貸金によって時価六〇〇万円ないし一〇〇〇万円の本件土地を取得するものであり、暴利行為と言わざるを得ず、社会的に見て不当である。

さらに、永本哲士及び被控訴人は大阪地方裁判所昭和六二年(ワ)五三六七号事件の長期の審理期間において原判決の存在に全く言及しなかった。

以上の事情から、被控訴人による控訴期間徒過の主張は、権利濫用に該当し、これを主張することは許されないものと言うべきである。

4 そのうえ、本件訴状副本及び答弁書催告書、口頭弁論期日呼出状の送達も原判決正本の送達と同様に瑕疵があるものである。

(本案の主張)

被控訴人の主張を否認する。

第三 証拠関係<省略>

理由

一本件記録によれば、原審は昭和五七年四月二日午前一〇時口頭弁論期日において控訴人不出頭のまま弁論を開き、被控訴人が訴状を陳述したのち弁論を終結し、判決言渡期日を同年五月一一日午前一時と指定し、ついで、右指定の言渡期日に当事者双方不出頭のまま、原告たる被控訴人勝訴のいわゆる欠席判決を言い渡したこと、控訴人は平成二年四月二七日に当裁判所に控訴を提起したこと、右原審の最初の口頭弁論期日の呼出状、訴状副本及び答弁書催告書は昭和五七年三月二四日午後七時四分に執行官送達により送達され、その送達報告書には亡敏子が送達書類を受領した旨記載があり、原判決正本の送達は同年五月一四日午後三時に特別送達(郵便送達)により実施され、その送達報告書には控訴人本人が送達書類を受領した旨記載があることが認められる。

二<書証番号略>当審における控訴人本人尋問の各結果及び弁論の全趣旨によると、控訴人と亡敏子とは夫婦であって、その間に長男がいるが、昭和四八年四月一日以降は長男は他地に居住していて、右夫婦の二人暮らしであったこと、控訴人はその頃にはプラスチック原料及び製品の卸業を営む株式会社藤松(大阪市生野区所在)に営業部長として多忙な生活を送り、朝は八時前に家を出て、夕方は早くて八時、遅いときは一一時をすぎることもある勤務であったこと、その間亡敏子が一人留守番をするという生活であったこと、亡敏子は町の金融業者から知人が小口の借金をした際に保証をしたり、自らも金融業者から小口の借金したりしていたが、被控訴人の元代表者である永本哲士の経営する東京商事から昭和五四年九月一二日頃二〇万円余を借り受けたが、その際に控訴人に無断で「前中」と刻印されているいわゆる三文判に類する印鑑を永本の準備した何枚かの用紙に押捺し、かつ印鑑証明を永本に交付したこと、その印鑑証明は昭和五二年一月七日に控訴人の知らない中に登録され同五八年九月八日に控訴人の真意に基づく印鑑登録をするまでの間存在した印鑑登録に基づいた証明であるところ、その証明されている印影は通常人なら登録しないであろういわゆる三文判に類する印鑑によるものであること、本件土地に関する登記済証書は控訴人において当時も保管され、現在に及んでいること、亡敏子はこれらの事実を控訴人に秘匿していたこと、一方、右東京商事からの借金を契機として、東京商事から控訴人及び亡敏子に対して、昭和五五年、尼崎簡易裁判所に貸金請求訴訟が提起され(同裁判所昭和五五年(ハ)第七六号)、同五六年、大阪地方裁判所に右貸金の支払いを求めるとともにその際に本件土地につき譲渡担保設定契約があったとして所有権移転登記等請求訴訟が提起され(同裁判所昭和五六年(ワ)第二六三四号)、いわゆる欠席判決により終了し、その間に仮登記仮処分の申立がなされるなど、いくつかの訴訟が係属したが、控訴人がこのような事実の一部でも知るにいたったのは昭和五五年に右尼崎簡易裁判所の判決に基づいて本件土地に関して強制競売の申立がなされたことからであり、これに対し控訴人が昭和五七年一二月に弁済供託による請求異議の訴えを提起した頃までに調査したことにより、控訴人は右尼崎簡易裁判所の判決の存在及び本件土地につき昭和五四年九月一一日代物弁済予約(仮登記)、同日譲渡担保(仮登記)、同日根抵当権設定(仮登記)及び同五六年七月二〇日被控訴人への売買等の登記簿の記載がなされていたことを知ることができたこと、また、控訴人の勤務先に借金の催促等の電話があったり、その他親族に何らかの問い合わせもあったが、亡敏子はそのときに判明した限りで適当に糊塗するという消極的な態度に終始していたこと、パナマ船舶から本件土地の賃借人らに対し、昭和六一年一〇月地代の催促があり、同年一二月四日建物収去土地明渡請求の提訴があり、控訴人は前記請求異議の訴えに際して調査したことにさらに加えて調査したところ、本件土地につき昭和五七年七月七日受付にて同五六年七月二〇日付売買を原因として控訴人から被控訴人へ、さらに同五七年八月一九日受付にて同年七月一五日付売買を原因として被控訴人から東京船舶(商号変更後、パナマ船舶)へそれぞれ所有権移転登記がなされていることが確認されたこと、控訴人はそこで判明した虚偽と思われた登記名義人又はこれを前提とする登記名義人に対して昭和六二年に抹消登記手続請求の訴えを提起したのであるが(昭和六二年(ワ)第五三六七号)、そのときも、亡敏子は、同様の態度に出て、その訴訟において同六三年六月六日証人として証言したが、原判決については何らふれず、控訴人がその登記されているような売買契約をしていない旨の証言をするに終わったこと、控訴人は登記簿上の控訴人から被控訴人への所有権移転登記に原判決の記載がなかったし、そのうえ亡敏子からも、被控訴人からも、そのことを知らされなかったため、この際には原判決の存在を知ることができなかったこと、原判決の存在を知ったのは右訴訟の控訴審手続中被控訴人の平成元年二月一六日付準備書面の記載を読んだ時点であったことが認められる。

三以上認定の事実に基づいて考えると、原判決正本の控訴人への特別送達(郵便送達)並びにそれに先立つ本件訴状副本、答弁書催告状及び第二回口頭弁論期日(実質上の最初の口頭弁論期日)の呼出状の執行官送達のいずれも亡敏子がこれを受け取り、控訴人に秘匿していたものと認められる。そのうえ、亡敏子は前記のように本件土地の無断売買等に関する事実の控訴人への告白をできるだけ避ける態度に終始したため、右のような状況が生じたものと認められる。

1  まず、原判決正本の控訴人への送達についてみる。

右の理由から、控訴人は右郵便送達報告書記載のとおりに原判決正本の送達を自ら交付を受けたものではないといわなければならない。

しかしながら、送達報告書に補充送達をしたのに本人に対する交付送達をした旨の虚偽の記載があったとしても、そのことが直ちに右報告に係る送達を無効にするものではないと解すべきである。

それゆえ、原判決正本の送達は亡敏子に交付するという補充送達がなされたものとしてその効力を検討すべきことになる。

民事訴訟法上補充送達の制度が定められている趣旨は、送達の原則は交付送達であるが、送達の実施に際して受送達者に出会わない場合に、事務員、雇人又は同居者であればその者に送達書類を交付すれば遅滞なく受送達者にこれが届けられることが通常期待されるのでこれらの者にこれを交付することにより送達の効果を承認して、できるだけ迅速な送達という送達制度のひとつの目的を達成するところにあると解すべきであるが、他方確実な送達ということも送達制度の目的の一つであることから考えると、これらの目的の調和のなかに補充送達の効力を検討しなければならない。そして、その検討は実質的な考量に基づいてなすべきあり、補充送達を法定代理といった法律概念に枠付けすることによってなされるべきものではない。また、送達の効力の検討に際して、法的安定性を確保するためとして外形からみるべきであると論じることは取引行為ではない送達についての議論としては相当でない。それゆえ、実質的に検討して右の補充送達制度が予定している前提を欠く場合にはその効力を否定すべきであるといわなければならない。そうすると、事務員、雇人又は同居者に対して送達書類の交付があっても、受送達者とこれらの者との間に実質上の利害関係の対立があってその当時の状況からみて送達書類を受領したら遅滞なく受送達者に届けることを通常期待できる事情にない場合には補充送達の効力を否定すべきである。

本件についてみるに、本件土地に関する事項についての亡敏子の控訴人に対する前記認定の態度から見ると、亡敏子には本件土地に関する限り遅滞なく受送達者である控訴人に送達書類が交付されることを期待することは出来ないものといわなければならない。

そうすると、控訴人は未だ原判決正本の送達を受けていないこととなるので、本件控訴は控訴期間経過前になされたものとして適法であるといわなければならない。

2  次に、本件訴状副本、答弁書催告状及び第二回口頭弁論期日の呼出状の送達についてみる。

前記のとおり、右送達は執行官によって実施され、亡敏子が送達書類を受領したのであるから、右送達は補充送達としてなされたことは明かであるが、原判決正本の送達に関する補充送達の効力と同様の理由により、その効力はないものといわなければならない。

被控訴人は、亡敏子が送達報告書の「書類受領者の署名又は押印」欄に署名、押印を拒んだ旨の記載があることに着眼して、これは亡敏子が裁判所からの送達に関する文書にやたらと署名、押印して夫たる控訴人から叱責されたくなかったからであると推測される旨主張するが、執行官送達に際しての送達報告書の右のような記載は執務の慣例として書類受領者の態度如何に拘らずなされることが多いことは当裁判所に顕著な事実であるのであるから、右主張は誤った推測を前提とする主張であって採用できない。

そうすると、原審の第二回口頭弁論期日である昭和五七年四月二日午前一〇時の期日は、控訴人に対する期日の呼出状及び訴状副本の送達がなくして口頭弁論が実施されたことになり、これに基づきなされた原判決の手続は違法であるといわなければならない。

四以上の理由により、本件控訴は適法であり、原判決の手続は法律に違背し、かつ事件につきなお弁論をなす必要があると認められるから、民訴法三八七条、三八九条一項により、原判決を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととする。

(裁判長裁判官柳澤千昭 裁判官東孝行 裁判官松本哲泓)

別紙物件目録

大阪府豊中市大島町一丁目三一五番二

宅地 198.34平方メートル

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